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February 07, 2016

魔法少女はなぜ戦うようになったのか?

魔法少女はなぜ戦うようになったのか?
魔法少女が活躍する初期のアニメといえば「魔法使いサリー」「ひみつのアッコちゃん」
「魔女っ子メグちゃん」が思い出される。テレビでアニメが放送されるようになった60
年代に登場し「魔法」という非日常の力が子どもたちを魅了した。
魔女っ子アニメ元祖の「魔法使いサリー」は魔法の国のお姫様が人間界にやってきていろ
いろなことを学ぶというお姫様という要素に女の子の憧れを反映させていた。「ひみつのア
ッコちゃん」は鏡の妖精からもらった魔法のコンパクトの力で変身、女の子の変身願望を
実現できるという夢を見せていた。「魔女っ子メグちゃん」は魔界の女王の次期候補である
メグとノンが人間界で修行をするというもの。いずれの作品も魔法は万能ではなく、家族
愛や友情、人との絆、優しさ、といったもの大切さを説き、女の子向けとはいえ理想の子
ども像、人間像、説教臭くなるが「道徳」を説くといったものがそこには存在していた。
ところが70年代後半「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」のアニメブームから
アニメは子ども達だけのものではなく、コアなファンに支えられ、それに応える作品が数
多く登場し、「魔法少女」の描かれ方も変わってくる。
80年代バブルの時代に登場した「魔法のプリンセス ミンキーモモ」の主人公のモモは
魔法の国のフェナリナーサのお姫様だが、魔法の力で18歳の大人へ変身できるだけの能力
しか持たない。3匹のお供の動物と一緒に地球の人々の心に「夢」を取り戻すために
やってくる。一話完結のエピソードの幅が広く、今までの魔女っ子もの範囲を超えていた。
家族愛や友情、動物愛護、童話をモチーフにしたものから007のようなスパイモノや怪盗、
西部劇、合体ロボットのパロディまで登場する。中でも名作なのは全編スタンリー・
キューブリックの「博士の異常な愛情」をなぞった「間違いだらけの大作戦」で、もはや
我々がイメージする「魔法少女」のアニメの枠を軽く飛び越えていた。モモの目的は、
人々に「夢」を取り戻させることであったのだが、物語のラストではその目的を別の形で
達成することになるという辛目の展開にも驚かされた。物語に自由度が与えられると作品
の幅が広がるいい例なのだが、もはや魔法少女は理想の子ども像や道徳を描くものでは
なくなってしまった。
そして90年代に入って登場したのは「美少女戦士セーラームーン」。コレは「美少女
仮面ポワトリン」と「スーパー戦隊シリーズ」という特撮番組を参考に制作された。
女性の社会進出と仕事の幅が広がりを背景に女性にもかっこよさが求められた。それまで
の戦うヒロインには男の目から見たお色気部分が含まれていた。「キューティーハニー」が
いい例だ。しかし町を襲う妖魔から人々を守るセーラームーンにはお色気はなく、ドジで
泣き虫な中学2年生の少女がかっこよく戦うことが求められた。彼女は世紀末、誰もがい
ろんな不安を感じていた時に求められた女神かもしれない。世界的な大ヒットによりここ
で魔法少女はその得体の知れない何かと戦うことになっていく。
「美少女戦士セーラームーン」のスタッフが少女によりかっこよさを追及したのが
「革命少女ウテナ」。ここには魔法は存在しないが異空間での「革命」という名の戦いが
毎回繰り広げられる。宝塚歌劇的に美しくかっこいいもの追求した結果の絵であり物語で
ある。主人公のウテナが少女でありながら男前に見える瞬間に心が躍る。
 21世紀を無事に向かえたかに見えた我々は9.11テロや3.11の天災、その他もろもろの
不幸はやはり存在するのにどこかのどかである。インターネットの発展が色々な欲望を満
たし、アレがほしい、コレがしたい、ココへ行きたい、知りたいといったものがネットで
ある程度の回答を返してくれるのだ。いろんな欲望への飢餓状態から開放されてしまった
のではないかとさえ思う。
「魔法少女まどか☆マギカ」の主人公まどかもそうだ。魔法少女になる契約をすると何で
も望みがかなうのだが、まどかはその望みがない。今時の中学生の少女の姿は
こんなものかと思ってしまった。他の少女たちはそれぞれ個人的な目的があってそのために契約
して魔法少女となり、魔女と呼ばれる社会不安を引き起こす悪と戦うことになるのだが、
まどかは簡単に決心がつかない。正義を行使することも目的にはならず、かといって自分
の欲を満たすためにも心が動かないのだ。しかし物語の最後には彼女が見つけた目的、
目標と悪の対象を排除する方法、その理由はもはや個人の思いが無から宇宙を再創造する
といったもので「魔法少女」ものがSFへと進化した瞬間であった。作品そのものは
キャラクターデザインが「萌えキャラ」の王道で、一般人は敬遠してしまいそうなのだが、
画面や空間の美術はまさにアートで「萌え」との融合も素晴らしい。

こうして60年代から始まった魔法少女は家庭の道徳を教え導くことから戦いを経て
今や宇宙再生の神の領域まで進化を遂げているのである。

以前依頼があって書いたものの転載です。

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